シグナリング理論とは、シグナルは「相手に見られて、はじめて意味を持つ」という考え方です。

先日、経済誌『週刊ダイヤモンド』オンライン版に「なぜ、本物の富裕層はあえてファーストクラスを選ばないのか」という記事が掲載されていました。ビジネスクラスでも十分なサービスを受けられることや、費用対効果の観点といった前提を踏まえたうえで、ファーストクラスの選択が、ときに社会的地位の誇示(=シグナル)と受け取られ得る点にも触れられていました。

そして記事では、立場や実績がすでに周囲に伝わっている人ほど、過度な誇示は不要であり、場合によっては品位を損ないかねない。そのような趣旨が述べられていました。

読み進めながら、SNSにも重なるところがあると感じました。SNSは、人とつながり、共感を得たり、意見をもらったりできます。視野を広げる手段として価値があるのは間違いありません。一方で、「反応が欲しい」「自分を知ってもらいたい」という気持ちが強くなりすぎると、発信そのものが目的になってしまい、自分の周囲にあるものまで“材料”として扱ってしまう危うさもあります。

最近では、BeRealの不適切な利用がきっかけとなり、銀行や教育現場で働く職員の個人情報が流出し、社会問題へと発展した事例も報道されています。便利さの陰で、思いがけないところから大切なものがこぼれ落ちてしまう。そんなことが、いま起きているのだと思います。

結局のところ、人の価値は日々の振る舞いの積み重ねで磨かれていきます。そしてその価値は、遠くの誰かよりも、身近にいる人たちの中で形づくられていくのかもしれません。SNSでの過剰な発信が、「かえって品位を損なうことがある」そういう逆転も起こり得ます。

SNSを使うのなら、一文を丁寧に整え、写真も厳選する。そうした小さな配慮が、発信の質を決めるのだろうと思います。
とりわけ医療や教育に関わる立場では、何気ない一言や一枚の写真が、思いがけず誰かのプライバシーに触れてしまうことがあります。だからこそ、日々の発信には、ほんの少し「配慮」というフィルターを通しておきたいと思います。そうすることが、信頼を守り、自分自身の品位を守ることにもつながっていくのではないでしょうか。